 |
■1月31日(土) wave in はなこまち■ |
|

|
 |
■暖冬が懐かしい………■■ |
|
この冬は晩秋の延長で12月に入っても、ひとひらの雪も降らず暖冬そのものであった。一月下旬、このまま続くかと思われた暖冬も、猛寒波が日本列島を覆い尽くし、暖冬という言葉をものの見事に吹き飛ばしてくれた。
秋田合唱団の「wave in はなこまち」まで1weekを切ったが、雪は降り積もる一方だ。この分だと秋田はpassかもしれない……… とまぁー かなり心配したのであるが、bunbunの日頃の行いもあって、1月31日は道路もカラカラの最高のドライブ日和となった。
深浦−秋田間は夏場で2時間半くらいである。高速もあるが、能代からなので30分も短縮できない。今回は国道7号線を南下した。
|
|
 秋田合唱団のうたごえ喫茶「wave in はなこまち」は、奇数月の月末に行われ、昼と夜の部があり、2組の「はなこまちプロジェクトチーム」によるうたごえ喫茶である。
伴奏は別としても、企画運営など、団員各人の個性を出して外に向かってアタックする姿勢は立派である。この縁の下の力持ち的な取り組みが、秋田合唱団の活性化につながっているのだと思う。
この他に、能代にでかけたり八郎潟に出かけたり、遠くは庄内まで………と考えると、かなりの時間をうたごえ普及のために使っていることになる。ここは一発、「うたごえbunbun大賞」でも立ち上げて、表彰しなくては………。
この際と言うことで、昼の部も夜の部も体験することとした。昼は3:00、夜は6:30である。
|
|
秋田に着いたので、取りあえずエグさん紹介のホテルに向かうことにする。しかし、秋田の道路はどーなっているのか??? 一方通行がジズソーパズルのように組合わさったような道路である。小道を一本でも間違うともう駄目! 大きく迂回してメインの通りに出て、再チャレンジしないといけない。
地元の方ならいざ知らず、初めての人にとってはウンザリだろう。かく言うbunbunも「どんだんずー!!(>_<)」の印象を持った。このような感じをふかうら語では「カッチャマシー」と言う。ちなみに下田弁の「じょんのび」の反意語である。 まぁー 一回だけの試行錯誤でホテルまでは行き着いたのではあるが………。
|
 |
■1500人のデモ行進■■ |
|
チェックインを済ませて駅の方に出かけることにした。もちろん徒歩。車だど「とほほ」状態が目に見えている。秋田駅前で三四郎くんが「自衛隊イラク派遣反対」デモに参加していると聞いたので、支援のつもりである。時間が結構あったので、「はなこまち」の場所を特定すべく千秋公園側に移動。警官がいたので「もと長崎屋のビルは………?」と聞いても、よく分からないようなので、自分で探すことにした。周りに店舗のない所に「ポツンと」という表現がが的確なほど淋しそうに、もと長崎屋のビルが建っていた。はなこまちはこのビルの4F。しかし、いずこの地方都市でも昔のメインストリートは閑古鳥がが鳴き、シャッター街と化しつつある。
はなこまちを確認し閑古鳥ストリートに出ると、シュプレヒコールが聞こえてきた。三四郎くんはどこかなと思っていると、何と先導車の運転手だった。「一緒に歩いて下さい。」とのたまわれたが、時間もなかったのでパスした。
100人くらいと思っていたら、次から次ぎデモ行進がやってきて………、聞いたら1500人規模のということだった。秋田県の労働者パワーはすごい。青森県だったら全県でせいぜい150人程度だろう。深浦ではメーデーの集いさへ行わなくなって久しい。
ただ、残念に思ったことがひとつ。bunbunがデモに参加していた時は必ず歌があった。「ガンバロウ」の歌一つなくシュプレヒコールだけだと、やっぱり盛り上がりに欠けるような気がした。1500人に共通の歌が1曲でも2曲でもあれば、デモ隊の迫力も違うのになぁー、と感じた。
|
 |
| ■うたごえ喫茶「Wave in はなこまち」(昼の部)■■ |
ぺーじとっぷ |
|
|
そろそろ「wave in はなこまち」の開始時間が近づいたのでビルに向かう。昼の部の開演を控え、団員の皆さまは大わらわである。受付にビーさんがいたが、打ち合わせに夢中で気がつかない。エグさんが店から出てきて、新年のご挨拶だ。みなさん、開始まで忙しそうだったので、さっさと店内に陣取ることにした。
思ったより狭い。テーブルと椅子が大きめで、少人数だとユッタリできるのだろうが、うたごえ喫茶になるとかえって邪魔かなと感じた。
うたごえ喫茶が始まった。
伴奏団は厨房側に大きく陣取り、ピアノ(電子)とフォークギターが一本(エグさん) 司会は女の方が二人でやってくれた。お二人とも、しゃべりはなかなか軽快で、卒のない司会ぶりだ。
|
 |
 |
昼の部の参加者は53人。最近ではかなり多い人数とうかがった。このためwave歌集も不足気味で、合唱団員の分は参加者に回されていた。
しかし、これだけの人数がテーブルを前にして座ると、やはり狭く感じられる。
コーヒーはお代わり自由で、サービス係がまめに入れてくれるので、終わりの頃にはコーヒー腹になってしまった。胃袋の中でコーヒーがチャプンチャプンである。
|
|
|
中盤にさしかかったとき、女性の方がbunbunの隣の席にやってきた。オラは見知らぬ方であるが、向こうはご存じの様子で、ご挨拶をする。なんと、八戸の「米村」さんであった。今回は大雪のせいもあって参加できないとのお話であったが、急遽参加されることになっていた。旦那さまは秋田で単身赴任生活。本日は息子さんとお二人で、旦那さまのご機嫌うかがいと聞いた。米村さんはいろんな曲を知っているらしく、ほとんど歌集を見ない。大したもんだ。
|
|
秋田合唱団の発表コーナー(topの写真)があった。曲はビートルズの「イマジン」。なかなかしっとりと聴かせてくれた。続いて歌唱指導コーナーに移る。指導はベテラン指導員ミーナさん。今回の曲は「ねがい」広島市の大洲中学校の生徒たちが卒業記念につくった詩に、たかだりゅうじ氏が曲をつけたもので、世界で一番長い歌詞をつける「ねがいプロジェクト」が続行中である。かく言うbunbunも「ふかうら語訳」+midiをupして、ちょっぴりであるが応援している。
曲の最後に、滅多になくbunbunがしゃしゃり出て、ねがいプロジェクトの話をみな様にご報告申し上げた。これが終わって10分間の休憩timeとなった。コーヒーの飲み過ぎてトイレが近い。
|
|
休憩の後、飛び入りコーナーがあり、遠来の参加者ということでbunbunが出ることになった。(秘密ですが、休憩時間中に根廻しがあったの) サークル「おけら」の紹介と「深浦のうたごえ」の写真集を見せびらかして終わりにしようと思ったら、やっぱり歌えと………。エグさんからギターを借り、久しぶりに「飛び立とう」を熱唱(寒かったもの)した。長野で楽しい時間を過ごしたお兄ちゃん「キー坊」が原稿用紙に「詩」を書いて持ってきてくれた。瞬間的に詩ができるらしい。
コーナーが終わってリクエスト曲に入る。マスメディア(ラジオ、TV、有線とか………)を通じての歌がかなり多い。中には司会の方のソロというようなリクエストもあった。まぁー、取捨選択に悩むところです、リクエスト曲は。
| ■ポプラがポプラであるかぎり■ |
| 2004/01/31/PM04:50 秋田合唱団キーボー |
ポプラがポプラであるかぎり 噴水が噴水であるかぎり
太陽が太陽であるかぎり 僕らは歌をうたうだろう
みぞれ降る駅前の裏どおりで 日本海の囁き聞こえる深浦の海岸で
ほんのささやかなコンサート会場で 僕らは歌をうたうだろう
暦年齢をけっとばせ 僕らの双眸(まなこ)に
少年時代の光が消えないなら 僕らは歌をうたうだろう
君らと共にうたうだろう 怒りの歌を 希望の歌を 愛の歌を
ポプラがポプラであるかぎり 噴水が噴水であるかぎり
太陽が太陽であるかぎり |
| bunbunのうたごえに触発されて作詩 |
|
|
|
|
今回の特設コーナーが始まった。「てぶくろをかいに」という絵本の読み合わせ会である。ぶっつけ本番にもかかわらず、読まれた方々はそれぞれ持ち味があって、かつ上手い。合間合間に季節の歌を入れたり、演出もなかなかである。楽しい企画ではあったが、ちと長丁場に過ぎたかなと感じた。
飛び入りコーナーの頃から、参加者の声が出始め、皆さん乗ってきた感じである。リクエストがどんどん歌われ、手拍子が出て来始めたところで制限時間いっぱいということになった。みなさん、思いっきり歌ったのか表情がいい。昼の部プロジェクトチームのみなさん、本当におつかれさまでした。<(_
_)>
|
 |
■昼と夜のはざま………■■ |
|
夜の部まで時間があるはずなのに、「はなこまち」でごはんを食べたら、もはや開演の時間が間近であった。キー坊がビールを持ってきたので、遠慮無くいただく。
この間を利用して、bunbunは取材のため席替えをした。真ん中の特等席である。昼の部に比べて、参加者は少ない。ここのところ、このパターンが多いと聞いた。八戸の米村さんご夫妻も同じ席に着いた。改めて、ご挨拶である。残念ながら少年の参加は無かった。加えて、昼の部で秀逸なる語りを聴かせたキー坊もやってきた。
|
 |
■うたごえ喫茶「Wave in はなこまち」(夜の部)■■ |
|
夜の部の司会は三四郎くんとsamyさん。ギターは相変わらずエグさん、ピアノがアコさん。アコは無し。
米村さんの旦那さまがすごい! 米村さんについては昼の部で書いたが、それをグーンと上回る。
聞いたら、うたごえでは米村さんの大先輩であるとのことで、なるほどである。やっぱり、ほとんど歌集を見ていない。かつ、デカ声である。
千葉のマルちゃん、負けてらんないよ!
| ■ うたごえ喫茶の流れ的には、昼の部とほとんど同様なので、割愛したい。 <(_
_)> |
|
 |
 |
夜の部の飛び入りコーナーにも引っ張り出された。秋田と青森は隣だけど、やっぱり遠いもんな。昼の部と同様、サークル「おけら」と「深浦のうたごえ」の話(もちろん、写真集を会場に回覧)をし、米村さんご夫妻を交えて「????? 」を歌った。
bunbunの掲示板で、三四郎くんから紹介するとの話があったので「友よ(岡林)」を準備していったのであるが、歌わなかった。
しかし、寒いな。我慢できなくなって最終的にはアノラックを羽織った。後で聞いたら、ビル全体の暖房で、午後5時には切れるとのこと。危なく、秋田から風邪をもらってくるところであった。みなさんは、平気な顔して歌っていたので、オラの体調が悪いのかも知れない………。でも、寒かった。
|
| 米村さんご夫妻と |
ぺーじとっぷ |
|
|
|
|
リクエストが歌われ、どんどん盛り上がる。最後はみなさん立ち上がって、大きな輪を作り自然にwaveに入る。一体感というか、この感じがいい。みなさん満足げである。3月のうたごえ喫茶を心待ちにして、夜の部は無事終了した。夜の部プロジェクトチームのみなさん、本当におつかれさまでした。<(_ _)>
団員の方々は、ばたばたと後始末をし、コーヒーをいただきながらの反省会である。忌憚のない意見やら希望やらがわんわん飛び出す。こうやって、事実を評価し、仲間を大切にすることが基本なのだと思う。そんな積み重ねが今の秋田合唱団を作ってきたんだと感じた。(心の中で パチパチパチ………)
|
 |
|
|
これから、交流会に流れる。都合で参加されない方(残念!)もあったが、合唱団お気に入りの「ふらり」という店に案内してもらった。それも、わざわざ自家用車で。当然、米村さんご夫妻も参加である。
やや狭いが、落ち着いた雰囲気の店である。ママは隠れうたごえフアンらしい。何回か乾杯をし、キー坊とエグさんのかけあい万歳が、雰囲気を盛り下げ、またまた乾杯し、秋田の夜は更けてゆく。更けるとともに、話は米村さんの旦那さまを合唱団に入団させようとの説得に変わってくる。エグさんとは同時期ではないものの、福島のいわき市で、同じうたごえの合唱団にご夫婦で入っていたらしい。縁は異なもの味なものである。
合唱団の女性の方達も来たのだが、狭くてカウンターに陣取り、ほとんどお話ができなかった。すこぶる残念である。次回(?)はいろいろと、お話をしたい。そー言えば、後で米村さんもbunmamaもそー言ってました。
お料理は、bunbunの大好きな田舎料理で、これだと手が出る。しかし、コーヒーちゃぷちゃぷ腹に、サシトリ(オオイタドリ)やニニョ(エゾニュウ)の油炒めが浮かんでいるのは………。あははー これは胃外な展開に………で、やめます。
|
|
|
|
エグさんが長野のお酒を差し入れてくれた。(そー言えば、長野の可な井、大丈夫かない???) 美味しい肴と美味しい酒で、時間なんぞ、とっくの昔に吹っ飛んでいる。思いっきり飲んで、しゃべった。
制限時間いっぱい、お別れに、密かに用意してきた「友よ(岡林)」を歌うことにした。ちなみに作者の岡林はこの歌が嫌いらしい。久しぶりに大声で歌うことができた。しかし、ずーと昔(bunbunがピカピカの時)も「♪夜明けはー近いー 夜明けはー近いー♪」だったけど、夜明けって、毎日来るようで来ないんだ。あれから30年ほどたったけど、この歌、色褪せしてないし………。いつ来るのかねー。オラ達何10年も幕を引っ張ってるんだけどなー………。
支払いをしながら、出てきた歌はなんと「地底の歌」。米村さん(旦那さま)の声が三四郎君の声が一段と大きくなる。外に出て車に乗るまで歌っていた。
秋田のみなさん、楽しい時間をありがとうございました。m(_ _)m ホテルまで車で送っていただいた方から「爛漫」をいただいた。それも2本も。学生時代を弘前でお過ごしと伺ったが、名前をお聞きするのを忘れた。ホテルで一杯いただいたが、酔いがキュイーンとまわり、いつものごとくバタンQであった。本当にごちそうさまでした。 <(_ _)>
|
|
 |
■2月1日(日) エグさんとデート■ |
|
|
|
 |
|
ぺーじとっぷ |