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世に愚かなる 男あり
始めは杣人(そま)に なりたるが
手に取る斧が 重しとて
■止めて小挽(こびき)と かはりけり |
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5 |
農夫となりて 田を作る
その職業を 始めしに
こえ臭ければ いやと云う
■さてその次は 何なるぞ |
2 |
されど日々は 大いなる
鋸(のこぎり)持つが 苦しとて
またも小挽を うち棄(す)てゝ
■今度は大工と なりにけり |
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6 |
杵重ければ 米搗きも
少しの間(ま)にて 見限りつ
紙屑拾いを 始めしが
■賤しき業(わざ)とて 癈しけり |
3 |
大工は手斧が 危なしと
恐れて次は 家根屋業(やねやげふ)
屋根の高きに 驚きて
■これも續かず 勤(つと)まらず |
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7 |
ああ愚かなる この男
今はなすべき 業もなし
若き昔の おこたりを
■悔いて泣けども 如何せん |
4 |
次にはかはる 畳さし
床厚しとて これも止め
鍛冶屋になりて 見たれども
■夏の暑さに 困りたり |
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8 |
身は早や老いて 手は利かず
人の惠を 頼みにて
ちまたに叫ぶ 門(かど)に乞ひ
■つなぐ命の 哀れさよ |
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●杣人=斧で木樵
●小挽=倒した木を鋸で
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