さくらんぼの実る頃 【D】

作詞
作曲
訳詞
J.B.クレマン
A・ルナール
工藤  勉
1: さくらんぼの実る頃は
うぐいすが楽しそうに
野にうたうよ
乙女たちの心みだれて
恋に身をこがすよ
さくらんぼ実る頃は
愛のよろこびをみな歌うよ

3: さくらんぼ実る頃は
年老いた今もなお
なつかしいものさ
あの日のことを心に秘めて
過ごしたしあわせを
さくらんぼ実る頃は
いつも偲んで歌うよ

2: けれどもさくらんぼの
実りは短く
心あせる
愛する人にじっと抱かれて
しあわせにふるえても
実り終わりうぐいす去ると
赤いしずくが胸を染める

▼訳詞:薩摩 忠
1: さくらんぼの実る頃は
うぐいすやつぐみ達
お祭り気分よ
恋人は胸の中に
お陽さまを抱きしめて
■うららかな春の日に
■酔いながら歌うよ

3: さくらんぼの実る頃は
胸いたむ悩ましい
恋の季節よ
離れれば胸はうずき
寄り添えば苦しくて
■色づいたさくらんぼの
■実のように悩むよ

2: さくらんぼの実る頃は
つかの間に流れ去り
帰らぬ時よ
若者も娘達も
摘むために出掛けるよ
■つややかな丸い実で
■胸や耳を飾るよ
4: さくらんぼの実る頃は
懐かしい思い出の
よみがえる時
喜びや悩みさえも
思い出はほろ苦く
■さくらんぼ揺する風に
■むせながら偲ぶよ




新おけら歌集(04/01/04) / リクエスト(Redさん04/01/03)
楽譜:ビーさん(2004/09-2017/03)

「LE MEMPS DES CERISES」
Quand nous chanterons le temps des cerises
Et gai rossignol, et merle moqueur
Seront tous en fete,
Les belles auront la folie en tete
Et les amoureux du soleil au c?ur.
Quand nous chanterons le temps des cerises
Sifflera bien mieux le merle moqueur.

Mais il est bien court le temps des cerises
Ou l'on s'en va deux cueillir en revant
Des pendants d'oreilles
Cerises d'amour aux robes pareilles
Tombant sous la feuille en gouttes de sang.
Mais il est bien court le temps des cerises
Pendant de corail qu'on cueille en revant.

Quand vous en serez au temps des cerises
Si vous avez peur des chagrins d'amour
Evitez les belles !
Moi qui ne crains pas les peines cruelles
Je ne vivrai point sans souffrir un jour
Quand vous en serez au temps des cerises
Vous aurez aussi des peines d'amour !

J'aimerai toujours le temps des cerises
C'est de ce temps-la que je garde au c?ur
Une plaie ouverte
Et Dame Fortune en m'etant offerte
Ne pourra jamais fermer ma douleur
J'aimerai toujours le temps des cerises
Et le souvenir que je garde au c?ur.

■この歌はJ・B・クレマンが1866年に作り、1868年に出版されたものです。クレマンがこの歌を作った当時、フランスはナポレオン3世による第二帝政の時代でした。
 1870年、フランスは隣国のプロイセンと戦争を始め、その途中ナポレオン3世はセダンで捕虜となり失脚します。第二帝政は崩壊し、ティエールとガンベッタらが国防政府を作って抗戦しますが、1871年1月、ドイツ帝国軍に首都パリを包囲されるに至って、戦争に敗北。ティエールらは臨時政府を作ってドイツと講和条約を結び、パリ国民軍には武装解除を命令します。
 しかし、国民軍・労働者・市民たちは3月、自治政府パリ=コミューンを作り、臨時政府からの自立を宣言、社会主義政策を行い始めます。これは史上初の労働者による政権でした。ドイツと結びついた臨時政府は13万の軍隊でパリを包囲し、パリ=コミューンと激しい市街戦を繰り広げます。クレマンもバリケードを作るのに参加したといいます。そして5月、パリ=コミューンは臨時政府軍によってわずか2ヶ月で鎮圧され崩壊しました。

■この歌はヤギさんの歌。20数年も歌っているヤギさんの歌です。よく分からんので大作曲家のkazuさんこと神野さんの応援もいただきました。ありがとう!
●lunatyさんから訳詞者の名前漏れの指摘がありました。 (2017/01/27)
■♪〜さくらんぼの実る頃は…。史上初の労働者階級の権力=フランスのパリ・コミューンにちなんだシャンソン。もとは3番までの失恋の歌で、銅工職人ジャン=バチスト・クレマンが1866年に書き、パリのオペラ座のテノール歌手アントワーヌ・ルナールが1868年に作曲していた。
 プロイセンの侵略に対して首都パリを守る先頭に立った労働者たちは1871年3月武装蜂起してコミュ.ーン(市自治委員会)を樹立。しかしプロイセン軍と自国のブルジョア・地主政府軍に5月、潰される。
 この時コミューンの評議員だったクレマンは20歳くらいの野戦病院付の看護師ルイーズとバリケードで出会い、戦火の犠牲になったルイーズの姿に感銘を受けて4番を書き足し、ルイーズに捧げて発表した。
うた新「歌の小箱」148(**/**/**)