私の愛した街 【Bb】

詞曲
訳詞
C・P MICHAEL
横井久美子

思い出の中にいつまでも
生きつづける私の街
煙くてくさいガス工場
笑い転げて遊んだ
雨の中夕べの道
走って帰ったものだよ
■刑務所のわきを通り
■共同井戸の我が家

今度帰って目をうたぐった
酒場は焼け煙が舞い
なつかしいガス工場には
兵隊がたむろしていた
鉄条網がはりめぐらされ
戦車と銃剣の街に
■軍隊の前にひざまずいた
■私が愛した街

シャツ工場のサイレンが鳴って
女たちを呼び寄せる
失業中の男たちが
母親代わりの毎日
景気が悪くて鍋は空っぽ
それでも愚痴も言わずに
■だってみんな心の奥では
■この街を誇っていた

今ではもう音楽もない
でも街の人は絶望していない
忘れはしないこの出来事を
まなざしが語っている
私に出来ることは一つ
闘うことだけなのだ
■青春を過ごしたデリーの街
■ 私の愛した街

小さなバンドで歌を歌って
あの日はじめてお金を稼いだ
音楽にあふれたデリーの街
とても忘れられない
それをみんな置き去りにして
街を去るなんてつらい
■だってそこは人生を知り
■夫を知った街 


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新おけら歌集(04/02/14) / 楽譜:ビーさん(2004/09)

The Town I loved so Well
In my memory I will always see
The town that I have loved so well.
Where our school played ball by the gasyard wall,
And we laughed through the smoke and the smell.
Going home in the rain, running down the dark lane,
Past the jail and down behind the Fountain.
Those were happy days in so many, many ways
In the town that I loved so well.
In the early morn, the shirt factory horn
Called the women from Creggan, the Mor and the Bog,
While the men on the dole played the mothers’ role,
Fed the children and walked the dog.
Well when times got tough they had just about enough
For they saw it through without complaining.
For deep inside was a burning pride
For the town that I loved so well.
There was music there in the Derry Air
Like a language that we could all understand.
I remember the day when I earned my first pay,
Playing songs in a small pickup band.
Well I spent my youth, and to tell you the truth
I was sad to leave it all behind me.
For I learned about life and I met me a wife
In the town that I loved so well.
Now when I returned how my eyes were burned
To see how a town could be brought to its knees
By the armoured cars and the burned-out bars
And the gas that hangs from every breeze.
Now the army's installed by the gasyard wall
And that barb wire keeps getting fucking higher
With their tanks and their guns, oh my God what have they done
To the town that I loved so well.
Now the music's gone but they still carry on.
Their spirit is bent, but never broken.
They will not forget - for their hearts are all set
On tomorrow and peace once again.
Well, what's won is won and what's done is done
And what's lost is lost and gone forever.
I can only pray for a bright brand new day
In the town that I loved so well.

武藤さんのメール(2004/11/20/15:02)
 はじめまして
 新宿のカチューシャなき後、小倉義雄さんのアコーディオンを中心に、西新宿「トミ」で歌い続けている武藤と申します。歌声に嵌ったのは、高校1年のとき、吉祥寺に「ともしび」という店が出来、どんなものじゃと入ったのがきっかけで、青柳常夫やら上条恒彦とやらが素晴らしいリードをしていたためか、病み付きになりました。

 さて、すっごい充実したHP、感動して見ていますが、まだ完了していません。このページに入って来たのは、「私の愛した街」の英語バージョンはどこかに無いか、と捜していたら、行き着いたのです。英語も日本語も楽譜も音も入っている、なんて素晴らしい歌集でしょう。ご努力に敬意を表し、どんどん使わせていただきます。

 英語バージョンが見たかったのは、ある人が、「5番の『戦うことだけなのだ』は原歌では『祈ることだけなのだ』らしい」といったので、そうだったらなんと深い歌なのだ、これは確かめずにはおけない、と捜したのです。
 おけら歌集のおかげで、英語バージョンが確認できました。たしかに、「祈ることだけ」でした。そして、1-4番は、少ない日本語に訳して、実に名訳だと思いました。(原詞と書いてある平井則之とはどういう人ですか、原詞そのものは手に入りますか?) が、5番だけは、全然だめで、深い諦観の中に「祈る」という何にも侵されない強い行為のメッセージが込められた、この歌のやまばを台無しにしていました。Philp Coulterがこの歌で伝えたかったメッセージは、まさに5番の以下の所です。
Oh what's done is done, and what's won is won
And what's lost is lost and gone forever.
I can only pray for a bright brand new day
 その後本人が歌っているCDも見つけ出し、買って聞きましたが、ここだけは、山場だぞという前奏を付けて、若い専門家の歌手とデュエットにしています。しかもそのことを短い解説文の中に付記しています。
 ちなみに、上の英文はおけら歌集のものとは少し違います。おけら歌集を見ながら聞いていたら、本人の歌が若干違うので、わかりにくい発音を一所懸命に聞いて(英語国民にも聞いてもらって)直しました。
 この直したバージョンと、私が部分的に訳し直してみましたものを添付しますので、ご覧になてみて、もしよろしかったらお使い下さい。
 ちなみに、楽譜は3拍子になっていますが、本人の歌は4拍子でした。ただ、日本語訳で、4拍子で歌うと、いかにも間が抜けますので、これは3拍子で良いと思います。

 貴HPから、ずっと見たいと思っていた「ねがい」の5番以降にも行き着くことが出来ました。ざーと見ていましたら、最新の202番に神戸の中学生が、
二百二(2004/11/09)
失った人やものは もどってきやしないけど
今あるものを大事にしていこう!
人はいらないものから捨てていくけど
決して捨てないで 自分の心だけは
杉井祐一 神戸市立湊中学校2年
 と書いていました。彼は圧倒的な戦車に蹂躪されて、すべてを破壊され、抑圧されてしまった経験が無いので、Coulterの諦観には行き着いていないけど、同じ精神を歌ってますね。

 初めてなのに、このような勝手なことを長々と、申訳ありませんでした。これからも、おけら歌集益々充実しますことをお願い致します。
武藤 英輔  
■♪〜思い出の中にいつまでも…。1975年、ベルリン開催のポリティカル・ソング・フェスティバルに参加したフォークシンガー横井久美子が日本に持ち帰った歌。アイルランドの3人の男性が、最近の事件をテーマにして作られたばかりと紹介して歌ったという。
 それは、1972年1月30日、公民権要求の平穏なデモにイギリス軍が発砲し、13人が死亡した「血の日曜日事件」。各地で続々と抗議デモが起こり、ダブリンのイギリス大使館は3万人の群衆に取り囲まれ全焼した。

 歌われる町はイギリスが名付けたロンドンデリーだが、住民は昔からデリーと呼び続けている。原題は「The town I loved so well」。作者フィル・クルターは、作曲家、ピアニストそして歌手。この歌はデリーの聖歌といわれている。
うた新「歌の小箱」169(09/10/19)