ベニスの商人(Eb)
新女學唱歌(大正03)

作詞
作曲
西條八十
草川 信

悩める友を 救はんと
心柔(やさ)しき アントニオ
老いたる 町の猶太(ゆだや)人
シャイロックをば 訪れて
三千デュカの 黄金の
その調達を 頼みけり
■橋も 御寺も 月かげも
■古きベニスの ものがたり

期日となりて 法廷に
曳き出(い)だされし アントニオ
證書のごとく 生肉(いきにく)
渡せと強請(せが)む シャイロック
あはれ 雄々しき商人(あきうど)
生命(いのち)は今日に 迫りけり
■橋も 御寺も 月かげも
■古きベニスの ものがたり

日頃 わが身を 犬と呼ぶ
憎き輩(やから)と 思へども
胸に綾ある シャイロック
さあらぬ體(てい)に 諾(うべな)ひて
ただ一葉の 證文に
頼みの金を 用立てぬ
■橋も 御寺も 月かげも
■古きベニスの ものがたり

ここに花嫁 ポーシャ姫
義侠の友を 救はんと
身に法官(はうくわん)の 装ひして
調べの庭に 猛(たけ)しくも
怨恨(うらみ)の刃 ふりかざす
シャイロックをば 呼びとめぬ
■橋も 御寺も 月かげも
■古きベニスの ものがたり

さても證書の 約束は
「もし返済を 怠らば
わが胸の肉 十斤(きん)
取りたまふとも怨むまじ」
語は簡なれど 意は深き
企みぞ 後に知られけり
■橋も 御寺も 月かげも
■古きベニスの ものがたり

いかに 其處なるシャイロック
定めによりて 十斤の
胸の肉(ししむら) 切るは宜し
基督(きりすと)教徒の 聖き血を
一滴たりと 雫(こぼ)しなば
(なれ)が生命(いのち) 亡きものぞ
■橋も 御寺も 月かげも
■古きベニスの ものがたり

友の情(なさけ)に 新妻を
むかへ喜ぶ バッサニオ
されど アントニオが待つ
財貨(たから)を積める巨(おお)船は
嵐に遭ひて あへなくも
海底(うみぞこ)深く 沈みけり
■橋も 御寺も 月かげも
■古きベニスの ものがたり
優しき聲に 包まれし
女の智慧の 夜行玉
血潮に飢えし 狼は
眠る羊と 變りつつ
げにも 名誉の裁判と
讃へむ者は 無かりけり
■橋も 御寺も 月かげも
■古きベニスの ものがたり


歌詞:11/01/10/midi:11/01/11