橘中佐(A)
明治37年

作詞
作曲
鍵谷徳三郎
安田 俊高

遼陽城頭夜は闌けて
有明月の影すごく
霧立ちこむる高梁の
中なる塹壕声絶えて
目醒め勝ちなる敵兵の
■胆驚かす秋の風

斯くと覚りし敵塁の
射注ぐ弾の烈しくて
先鋒数多斃るれば
隊長怒髮天を衝き
「予備隊続け」と太刀を振り
■獅子奮迅と馳せ登る

わが精鋭の三軍を
邀撃せん健気にも
思い定めて敵将が
集めし兵は二十万
防禦至らぬ隅もなく
■決戦すとぞ聞えたる

剣戟摩して鉄火散り
敵の一線まず敗る
隊長咆吼躍進し
卒先塹壕飛び越えて
閃電敵に切り込めば
■続く決死の数百名

時は八月末つ方
わが籌略は定まりて
総攻撃の命下り
三軍の意気天を衝く
敗残の将いかでかは
■正義に敵する勇あらん

敵頑強に防ぎしも
遂に堡塁を奪ひとり
万歳声裡日の御旗
朝日に高くひるがへし
刃を拭ふ暇もなく
■彼れ逆襲の鬨の声

「敵の陣地の中堅ぞ
まず首山堡を乗っ取れ」と
三十日の夜深く
前進命令忽ちに
下る三十四連隊
■橘大隊一線に

十字の砲火雨のごと
よるべき地物更になき
この山上に篠つけば
一瞬変転ああ悲惨
伏屍累々山を被ひ
■鮮血漾々壕に満つ

漲る水を千仭の
谷に決する勢ひか
巌を砕く狂瀾の
躍るに似たる大隊は
彩雲たなびく明けの空
■敵塁近く攻め寄せぬ
10 折しも喉を打ちぬかれ
倒れし少尉川村を
隊長躬ら提げて
壕の小蔭に繃帯し
再び向ふ修羅の道
■ああ神なるか鬼なるか

歌詞:10/07/07/midi:

11 名刀関の兼光が
鍔を砕きて弾丸は
腕をけずり更にまた
つづいて打ちこむ四つの弾
血煙さっと上れども
■隊長さらに驚かず

16 中佐はさらに驚かで
「隊長われはここにあり
受けたる傷は深からず
日本男子の名を思ひ
命の限り防げよ」と
■部下を励ます声高し

12 厳然として立ちどまり
なほわが兵を励まして
「雌雄を決する時なるぞ
この地を敵に奪はるな
とくうち払へこの敵」と
■天にも響く下知の声

17 寄せては返しまた寄する
敵の新手を幾度か
打ち返ししもいかにせん
味方の残兵少きに
中佐はさらに命ずらく
■「軍曹銃をとって立て」

13 衆をたのめる敵兵も
雄たけび狂ふわが兵に
つきいりかねて色動き
浮足立てし一刹那
爆然敵の砲弾は
■裂けぬ頭上に雷のごと

18 軍曹やがて立ちもどり
「辛くも敵は払へども
防ぎ守らん兵なくて
この地を占めん事難し
後援きたるそれまで」と
■中佐を負ひて下りけり

14 辺りの兵にあびせつつ
弾はあられとたばしれば
打ち倒されし隊長は
「無礼ぞ奴」と力こめ
立たんとすれど口惜しや
■腰は破片に砕かれぬ

19 屍ふみ分け壕をとび
刀を杖に岩をこえ
ようやく下る折も折
虚空を摩して一弾は
またも中佐の背をぬきて
■内田の胸を破りけり

15 「隊長傷は浅からず
暫しここに」と軍曹の
壕に運びていたはるを
「否見よ内田浅きぞ」と
戎衣をぬげば紅の
■血潮淋漓迸る