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煙も見えず 雲もなく
風も起らず 浪立たず
鏡の如き 黄海は
■曇りそめたり 時の間に
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6 |
呼び止められし 副長は
彼のかたへに たゝずめり
聲をしぼりて 彼は問う
■まだ沈まずや 定遠は
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2 |
空に知られぬ いかずちか
浪にきらめく 稲づまか
煙は空を 立ちこめて
■天つ日影も 色くらし
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7 |
副長の眼は うるほへり
されど聲は 勇ましく
心やすかれ 定遠は
■戦ひがたく なしはてぬ
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3 |
戦今や たけなはに
つとめつくせる 勇者(ますらを)の
尊き血をもて 甲板は
■から紅に かざられつ
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8 |
きゝゑし彼は 嬉しげに
最後の微笑(ゑみ)を もらしつゝ
いかでかたきを 討てよと
■いふ程もなく 息たへぬ
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4 |
弾丸(たま)のくだけの 飛びちりて
あたまの傷を 身におへど
其たまの緒を 勇氣もて
■つなぎとめたる 水夫あり
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9 |
皇(み)國につくす 皇(み)戦の
向ふ所に 敵もなく
日の大御旗(おおみはた) うらうらと
■東の海を てらすなり
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5 |
副艦長の 過ぎゆくを
痛むまなこに 見とめけん
苦しき聲を はりあげて
■彼はさけぶぬ 副長よ |
10 |
まだ沈まずや 定遠は
此言の葉は 短きも
皇國をおもふ 國民(くにたみ)の
■心に長く しるされむ |