ちいさい秋みつけた【Em】
作詞
作曲
サトウハチロー
中田 喜直
1
誰かさんが 誰かさんが
誰かさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
めかくし鬼さん
手のなる方へ
すましたお耳に
かすかにしみた
よんでる口笛 もずの声
■ちいさい秋 ちいさい秋
■ちいさい秋 みつけた
3
誰かさんが 誰かさんが
誰かさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋みつけた
むかしのむかしの
風見の鳥の
ぼやけたとさかに
はぜの葉ひとつ
はぜの葉赤くて入日
(いりひ)
色
■ちいさい秋 ちいさい秋
■ちいさい秋 みつけた
2
誰かさんが 誰かさんが
誰かさんが みつけた
ちいさい秋 ちいさい秋
ちいさい秋 みつけた
お部屋は北向き
くもりのガラス
うつろな目の色
とかしたミルク
わずかな隙から 秋の風
■ちいさい秋 ちいさい秋
■ちいさい秋 みつけた
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おけら歌集(02/02/18-18/01/30) / 楽譜:ビーさん(2004/09)
■1955年、NHK放送記念祭で、12人の作詞・作曲家に委嘱して創った6曲の新しい歌のひとつ。
■1955年11月、NHK放送記念祭「秋の祭典」で伴久美子が歌い、ボニージャックスのレコードが62年レコード大賞童謡賞を受け、一気に広がった歌。サトウハチロー(1903〜73)と中田喜直(1923〜2000)コンビは他に「かわいいかくれんぼ」「夕方のおかあさん」など200曲余ある。
戦前から歌謡曲作詞を手がけたハチローは戦後、「リンゴの唄」「長崎の鐘」などを最後に子どもの歌に専念。藤田圭雄(詩人、190〜99)が編集長の児童雑誌「赤とんぼ」に参加。藤田は「ハチローは西条八十の弟子として近代詩の繊細な技巧を学び、中心的イメージは北原白秋の流れを汲む」と書いている(長田暁二『昭和の童謡アラカルト』)。東京・文京区のハチローの家は秋には、はぜが紅葉し百舌が蹄いていた。
うた新「歌の小箱」76(07/09/10)