風に吹かれて 【C】

詞曲
訳詞
編曲
ボブ・ディラン
すずききよし
すずききよし
どれだけ 道を歩いたら 大人と認めるの
どれだけ 海を渡ったら 白鳩は休めるの
どれだけ ミサイルを撃てば 戦争は終わるの
  ■友よ 聞いてみてくれないか
  ■そよ吹く 風に

どれだけ 空を見上げたら 青空は見えるだろう
どれだけ 耳を持ったら 政治家は聞こえるの
どれだけ 人が殺されたら 平和は来るのだろう
  ■友よ 聞いてみてくれないか
  ■そよ吹く 風に

どれだけ 海を汚したら 人々は気が付くの
どれだけ 自然を壊したら 人々は目覚めるの
どれだけ 真実に顔を そむけていられるの
  ■友よ 聞いてみてくれないか
  ■そよ吹く 風に
どれだけ 空気を汚したら 人々は気が付くの
どれだけ 地球を苛(いじ)めたら 人々は気が済むの
どれだけ 世界を失えば 人々は目覚めるの
  ■友よ 聞いてみてくれないか
  ■そよ吹く 風に

▼訳者不詳バージョン
どれだけ歩いたなら この道果てるのか
どれだけ海を飛んだら ハトは休めるの
どれだけ弾丸(たま)がとべば 平和が訪れるの
 ■友達よその答えは
 ■風が知っているだろう

どれだけ空をこがせば 青空がもどるの
どれだけ涙流せば ほほえみがもどるの
どれだけ命燃えれば 平和が訪れるの
 ■友達よその答えは
 ■風が知っているだろう

▼原詩バージョン

How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
Yes, 'n' how many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?
Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?
 ■The answer, my friend, is blowin' in the wind,
 ■The answer is blowin' in the wind.

How many times must a man look up
Before he can see the sky?
Yes, 'n' how many ears must one man have
Before he can hear people cry?
Yes, 'n' how many deaths will it take till he knows
That too many people have died?
 ■The answer, my friend, is blowin' in the wind,
 ■The answer is blowin' in the wind.

How many years can a mountain exist
Before it's washed to the sea?
Yes, 'n' how many years can some people exist
Before they're allowed to be free?
Yes, 'n' how many times can a man turn his head,
Pretending he just doesn't see?
 ■The answer, my friend, is blowin' in the wind,
 ■The answer is blowin' in the wind.

Click first Click again

新おけら歌集(05/04/21 / 元給料日だす^^;/ 楽譜:bunbun(2014/09)

■ この4月10日、仙台のバラライカでの「仙台市民うたごえ喫茶」というデカイ名前の催しに行ったときに歌いました。そう、かれこれ30−35年くらい前にはよく歌ってました。
 この頃は記憶力も良かったんですねぇー………、一番だけだけど原語で歌えますもん。小学校とかで覚えさせられた歌は今でも大丈夫!

▲ 話は変わるが………。公教育から強制ってー言葉が消えて久しいけど、必要な事は強制的に覚えさせてもいいような気がします。規則でしばると没個性とかなんとかいいますが、ユルユルにした結果が、より没個性を生んでいるような気がします。置いけぼりを食わないように、流行のスタイル(たとえばサッカー選手とか歌手とかの)だと、似合うに合わないに関わらず、ほとんど同じ髪型同じ化粧同じスタイルですから、一昔前の飼い犬スピッツみたいに見分けが付きません。それが、個性尊重の実態のような気がします。(そこら辺を、金儲けの手段にできる発想をもってる方々を尊敬します。)
 くだらんとされる無駄な知識の積み重ねから人生の「下地」が生まれると思うのですが、ケガをするからハサミは駄目、ナイフは駄目、暴力は反対だから喧嘩は駄目だと、観念的には理解しても、程度の問題としてどれくらいだとこーなるという具体的な理解をいつの時点で体感するのだろうか??? バーチャルな世界でリセットは効いても、オラ達の世界では即座に結論が出てしまう。内なる世界観は外なる世界観の挫折を味わってより具体的なweightを持ち、より現実味を持つと思うが、現在は結論から個人として学ぶには遅すぎた!という場合が多い。
 公教育といのは「生きる力」を育むことが全てだと思うのだが、空回りの部分が相当多い。もっとも、教育課程は10年ごとに変わるが、実践の後にどーこーというこは聞いたことがない。書類上で前回とは異なる方針を打ち出すのがほとんどである。方針はオラ達、具体的な実践はオメ達で、一番割を食ってるのはワラハンドということになる。自分たちの都合のいいように予想を「強制」して、実態を無視するってーのは、無責任の最たるもんだと、オラは思うけどな………。

■閑話休題
 この歌は全てが「オメ達、どんきやれば気が済むんずや???」ですね。つまり問いかけです。ベトナムで言うことを聞かせられなかったことを「どーして?」と反省せずにイラクに矛先を向けてドンパチ………、この次はどこなんですかね???
 火の鳥は、出てきません。自分を委ねるべき影響力をもってる人物を評価中なのでしょう………。

  The answer, my friend, is blowin' in the wind,
  The answer is blowin' in the wind.

 やっぱ、自分が生きていること=自分が信じていること………それを一人一人が判断して行動すること!! これが生きていることの証しだと思うけど!!