雷の褌(菊池  武)

 笹内(岩崎)の田で草取りをしていた三五郎が、雨が降って来たので、ウスダの観昔さまの大木の下で雨宿りをした。ところが雨が益々強くなり雷が物凄く鳴り出した。雷が大嫌いの三五郎が大木の下にうずくまり耳をふさいで、雷の鳴り止むのを待った。
 ところが雷は益々強くなり、ピカッと稲光りがしたかと思うとグワッと鳴り三五郎の雨宿りしていた大木が、大音響と共に真二つに裂け、大きなショックを受けた三五郎は気を失ってしまった。
 
 どの位経ったか分からないが、三五郎が気がついた時は雨が止んで、日も暮れようとしていた。「俺ア 助かったのか、ああよかった。さあ早く家へ帰ろう」と立上った三五郎は、すぐ傍に虎の皮のフンドシがあるのに気がついた。「こりゃ雷のフンドシだ。雷の奴、粟食って落していったな」と思って、「俺アの家の宝にすべ」と家へ持ち帰った。

 それからニケ月岩崎村に雨が降らなかった。白神岳の上まで黒い雲が来たり、西は艫作(深浦町)の境の焼山まで雨雲が来ても、岩崎へは雨雲は流れて来ない。田はすっかり割れて干上がり、畑の土は乾き切って野菜は枯れてしまった。
 村では一ケ月も前から雨乞いの行事等をしたが、効き目はなかった。それで村では、笹内川の河原で大きな焚火をして、空に大きな焼け穴をあけて其処から雨を降らせることにして、一軒の家から薪五本づつ河原まで持ち寄りして、明日大焚火の雨乞いの行事をすると決めた。
 その夜、鬼そっくりの雷が三五郎の家を訪ねて来た。虎の皮のフンドシでなく、白い晒のフンドシをしていた。話を聞くと、「ウスダの観昔さまの森に落ちた時、落ちた時のショックであんたが倒れたので、死んだものと思って、コリャ大変なことをしてしまったと思って、裂けた木によじ登って雲の上へ逃げたが、その時、木の枝に引っ掛かってフンドシがとれたらしい。」
「あのフンドシがないと雷の役目が発揮出来ない。岩崎は私が雨を降らせる地区なので、ニケ月も雨が降らないのはそのためだ。空から見ると、死んだと思ったあんたが生きているので、きっとあんたが拾ったに違いないと思って訪ねて来たんだ。もし拾っていたら返してくれ、そうすれば明日中に雨を降らせる事が出来る」と言うのである。

 三五郎は「フンドシは返しますよ。だから今直ぐ雨を降らせて呉れないか。百姓がどんなに困っているか、雷さんあんたも分かっているだろう」と頼んだ。
雷は、「わしは今直ぐにでも降らせたいが、今夜帰っても雷世界の役所は開いていない。」「本庁へ届け出て雷としての許可を貰うのは、昼頃になるので未の刻に必ず降らせることを約束する」と言ってフンドシを三五郎から受け取った。
「直ぐ穿かないのか」と三五郎が訊くと、「本庁の許可がない内は穿けないのだよ」と苦笑いした。

 翌朝、三五郎は笹内川の河原で、百人余りの人を前にして、「今日、未の刻(午後二時頃)に必ず大雨が降るから、薪が流れないように土手へ運ぷように」と説得した。その熱心な説得に「雨が降らなかったら、それから大焚火の行事をしても遅くない」ということになり河原の薪を土手へ運んだ。
 薪をまだ運び終らない内に、「オーイ西の空に黒い雨雲がかかったゾー」と叫ぷ声がした。「あの様子なら一刻(二時間)後には雨になる。サァ早く薪を運び上げろ」と悦びの声で大騒ぎとなった。中には遠い雨雲に向って手を合せて拝む人もいた。

 未の刻、かっきりに雨となり雷もゴロゴロ鳴って、雨が一層強く降った。
土手の人はズブ濡れになっても誰れ一人土手から去ろうとしなかった。そして誰れの耳にも雷の鳴るのがゴロゴロと聞えないで、サンゴロ、サンゴロと鳴って聞えたと話し合った。

 この雨で稲も畑のものも甦ったので、この悦びで、雷を神様として祀ることになったが、雷を神様に祀るのはおかしいと言う意見が出て、いろいろ考えた末に、昔の偉人のうちで雷のつく人を祀ろうと言うことになり、建御雷命(タケミカヅチノミコト)を、村を護る氏神と決めた。岩崎の武甕槌(タケミカヅチ)神社は、建御雷命を祀ったので、建御雷神社が本当なのである。しかしこれは昔コだから真偽のほどは分からない。

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